【GFC淡路島から行ける文学の旅】谷崎潤一郎ゆかりの地めぐり・神戸、芦屋、西宮
明治から昭和にかけて活躍した小説家・谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)は、多くの作家と日本の近代文学に大きな影響を与えました。また、海外でも高く評価されており、ノーベル文学賞の候補にも選ばれました。
東京に生まれた谷崎潤一郎でしたが、大正12年に発生した関東大震災を機に関西へ移り住み、阪神間を舞台にした作品を多く残し、その独特の風土や文化を文学作品の中に鮮やかに描き出しました。
今回は阪神間で谷崎潤一郎が暮らした場所や、彼の作品に深く関わりのある場所をご紹介します。
目次
「細雪」に出てくる芦屋の家~倚松庵
谷崎潤一郎は大正時代の終わりから昭和19年に熱海へ疎開するまで、年齢では37歳から58歳までのおよそ20年間を阪神間で過ごしました。
谷崎潤一郎の代表作の一つである『細雪』は、昭和初期の大阪・阪神間を舞台に、蒔岡家の四姉妹の華やかな生活と、時代の変化の中で揺れ動く心情を描いた長編小説です。
※「細雪」原稿
「倚松庵(いしょうあん)」は、兵庫県神戸市東灘区に残る谷崎潤一郎の旧居であり、『細雪』が書かれた場所です。彼は1936年11月から1943年11月までの8年間を松子夫人とともに、ここで過ごしました。
『細雪』の状況設定は、作品上の時代設定と同時期の谷崎家の生活にきわめて近くなっています。また作品で描かれている家屋の描写は、「倚松庵」にほぼ等しいです。
『細雪』に「芦屋の家」として出てくる居間や台所、書斎や2階の和室などほとんどの部屋が小説の記述に合致します。ただし、離れの書斎だけは現在神戸市が移築保存している「倚松庵」には存在しません。
もともとは現在の場所から200mほど南にあった「倚松庵」ですが、六甲ライナー(住吉駅から阪神魚崎駅を経由して六甲アイランドへ至る)建設時の1990年に現在の場所へ移築されました。
※「倚松庵」があった六甲ライナー「魚崎駅」付近
「倚松庵」の内装は、和の美しさを感じさせるシンプルで落ち着いた雰囲気が特徴です。谷崎自身が好んだ和室の設えや、彼の愛用した書斎の様子を見学することができます。
また、実際に谷崎や家族が使っていたダイニングテーブルやチェアーもそのまま残っています。これらの空間や家具は、100年近く前の谷崎家の生活や創作過程を肌で感じることができ、訪れる人々に深い感慨を呼び起こします。
「倚松庵」での生活の中で、谷崎潤一郎は『細雪』などの名作を書き上げました。この作品は、彼の思想や生活観が色濃く反映されたものとして知られています。「倚松庵」での静かな環境が、彼の豊かな想像力を育む土壌となったことは間違いありません。
倚松庵をモデルにした芦屋の家は『細雪』の全般にわたって登場するので、どのお部屋を見ても、「あ、ここが雪子の婚礼道具が並べられた和室」「ここは悦子のお部屋」「幸子夫婦の寝室」と想像が膨らみ、『細雪』に登場する登場人物たちの生活が、そのまま目に浮かぶような空間が広がっています。
また、「倚松庵」での生活は、谷崎の創作のプロセスにも大きな影響を与えました。彼は日々の中で感じる自然や人々の営みを観察し、それを作品に反映させていったのです。訪問者は、ここで彼の足跡を辿ることで、創作の過程を肌で感じることができるでしょう。
1階には、谷崎潤一郎の著書や参考文献等を集めた「谷崎文庫」を併設しており、読書を愉しむことができます。
倚松庵を訪れることは、単なる観光地巡りではなく、文学と歴史の深い体験を意味します。谷崎潤一郎という文豪の世界観を理解し、彼が愛したこの場所の持つ魅力を感じることができるのです。
オープンは土日・祝日のみで、平日は閉まっていますのでご注意ください。
◆谷崎潤一郎旧邸「倚松庵」
住所:〒658-0052 兵庫県神戸市東灘区住吉東町1丁目6-50 旧谷崎邸
電話番号:078-842-0730
開館時間:【土曜・日曜・祝日】10時~16時
休館日:月~金曜日
入館料:無料
参考サイト:神戸市:倚松庵(いしょうあん)『細雪』の家へようこそ
谷崎文学の世界観とは~谷崎潤一郎記念館
芦屋市の「谷崎潤一郎記念館」は、文豪・谷崎潤一郎とその文学の世界に触れることができる、貴重な場所です。
谷崎潤一郎は、日本の近代文学を代表する作家の一人であり、『細雪』『春琴抄』など数々の名作を生み出しました。この記念館は、そんな谷崎潤一郎の文学の世界をより深く理解するための、格好の場所と言えるでしょう。
常設展では、谷崎潤一郎の生涯や作品、そして芦屋との関わりなどが紹介されています。企画展では、様々なテーマに沿った展示が愉しめます。
館内には、谷崎潤一郎の書斎や書庫が再現されており、代表作である『細雪』の世界観を再現した展示や、作品に登場する着物や道具などが展示されています。これらの展示を通じて、谷崎文学の世界を五感で感じることができます。
展示では当時の写真が多く出品されていますが、モノクロの原画を最近の技術「AIによる彩色」でカラー化し画質も向上した写真が並べられています。
※昭和40年、谷崎最後の写真、草笛光子・司葉子と
記念館の庭園は、谷崎が関西で最後に住んだ「潺湲亭(せんかんてい。現・石村亭)」(京都市左京区)の庭園を再現しています。
池には錦鯉が泳ぎ、四季折々の美しい姿を見せてくれます。
記念館では、定期的に企画展やワークショップが開催されています。企画展では、谷崎潤一郎の生涯や作品に関する様々なテーマが取り上げられます。
◆芦屋市谷崎潤一郎記念館
住所:〒659-0052 兵庫県芦屋市伊勢町12-15
電話番号:0797-23-5852
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月曜日(月曜が祝休日の場合は翌日)、年末年始(12月28日~1月4日)、展示入れ替え等の期間(詳細は公式サイトをご確認ください。)
入館料:【一般】300円 【大学・高校生】200円 【中学生以下】無料 ※企画・特別展などで600円など変動あり
参考サイト:芦屋市谷崎潤一郎記念館 公式サイト
引っ越しマニアの谷崎~芦屋の富田砕花旧居
「富田砕花旧居(とみたさいかきゅうきょ)」は、詩人・富田砕花が晩年を過ごしただけでなく、小説家・谷崎潤一郎がかつて居住していたことでも知られる歴史的建造物です。
谷崎は執筆する作品のイメージに合わせて住む家を選んだといいます。結果、阪神間だけで10回以上引っ越しています。そのほとんどは失われていますが、残っている家のひとつが芦屋の打出駅近くにある富田砕花旧居です。
谷崎潤一郎は昭和9年から11年にかけて、三番目の妻・松子夫人とともにこの地に隠れ住み、小説『猫と庄造と二人のをんな』の舞台ともなった場所です。昭和初期の建築様式を残す木造家屋は、当時の生活様式を垣間見ることができます。
谷崎潤一郎が使用していた書斎など、当時の面影を残す空間も公開されています。静かな佇まいの庭園は、四季折々の美しい風景が広がり、心身のリラックスに繋がります。
書斎や書庫には、富田砕花の愛用した品々や貴重な書物が展示されており、彼の文学の世界に触れることができます。さらに、富田砕花の生涯や作品、そして谷崎潤一郎との関わりを知ることができる、様々な資料が展示されています。
富田砕花や谷崎潤一郎の世界観に浸りながら、昭和初期の生活様式や文化に触れることができますよ。
◆富田砕花旧居(とみたさいかきゅうきょ)
住所:〒659-0063 兵庫県芦屋市宮川町4-12
電話番号:0797-38-2091
開館時間:10:00~16:00(入館は15:00まで)
休館日: 水曜日及び日曜日(ただし、8月13日~19日、12月29日~1月3日を除く)※台風等、天候の影響により急遽休館する場合もあります。
入館料:無料
参考サイト:芦屋市/富田砕花旧居(とみたさいかきゅうきょ)公式サイト
谷崎も通った線路下~西宮のマンボウトンネル
西宮市和上町~平松町にある「マンボウトンネル」は、JR神戸線の線路下を通る独特な形状のトンネルです。その名の通り、マンボウが横たわっているような平べったくて狭い形状をしていることからそう呼ばれている、と言われていますが、オランダ語のマンプウから来たなど諸説あり確かなことはわかっていません。
『細雪』にも登場するトンネルで、実際に谷崎はこの少し北側に住んでいたことがありました。明治時代に鉄道が開通した際に、線路下の空間を有効活用するために作られたとされています。
当初は用水を流すためのトンネル(農業用水をマンボウと呼んでいたという説もあります)でしたが、後に人が通れるように改修されました。ドーム型のトンネルは『長手積み』といわれるレンガ積みで、強度が高くなるように設計されています。
レンガの下は石造りで、歴史を感じることができます。明治時代へタイムスリップしたような気分を味わえます。
高いところでも175センチくらいでしょうか、大人だと頭を少しかがめて通る必要があるほど、天井が低いです。近隣住民にとっては、日常的に利用する生活道路となっています。
「マンボウトンネル」はJRのさくら夙川駅のやや東にあり、阪神西宮駅の北側2号線から北へ入ってすぐの場所にあります。
実は西宮市のマンボウトンネルはJR甲子園口の近くにもあり、そちらはシンガーソングライターのあいみょんがよく通っていたことでファンの聖地になっています。「西宮まちなみ発見倶楽部」という団体では、「谷崎潤一郎もあいみょんも通ったマンボウめぐり」というツアーを開催しているようです。
読書の秋は、谷崎潤一郎の世界観を感じる旅へ
20年にわたる阪神間での生活の中で、谷崎潤一郎はいくつかの作品を残しましたが、特に『細雪』は彼の世界観を語る際に欠かすことのできない長編小説です。
谷崎には『痴人の愛』という傑作もあり、兵庫県武庫郡(現在の神戸市東灘区)にあった家がモデルになっていますが、阪神大震災で倒壊し現在は残っていません。そのいきさつや写真などは、今回ご紹介した「芦屋市谷崎潤一郎記念館」で見ることができます。
『細雪』や『痴人の愛』、ぜひ読んでみてゆかりの地を訪れてください。