村上春樹の聖地をめぐる旅~西宮・神戸
作家・村上春樹は京都で生まれた後すぐに西宮市の夙川へ引っ越し、12歳で隣の芦屋へ、早稲田大学入学で上京するまでを阪神エリアで過ごしました。
村上春樹の初期小説には度々「海辺の街」として神戸や芦屋、西宮を思わせる情景やお店が登場します。これらは場所が特定できるスポットはほとんどありませんが、少年時代を振り返ったエッセイなどには具体的なスポットが出てきます。
川端康成、大江健三郎に続く日本人3人目(カズオイシグロはイギリス国籍のため除きます)となるノーベル文学賞の期待がかかる国民作家・村上春樹が青春時代を過ごした神戸から西宮、GFC淡路島から行ける聖地をめぐってみましょう。
初期作品に出てくる風景~今津灯台
1979年、講談社の公募文学賞「群像新人文学賞」を受賞しデビューした村上春樹は当時30歳でした。その3年前には村上龍が同じ賞でデビューし、受賞作「限りなく透明に近いブルー」でそのまま芥川賞を受賞しています。
村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」も芥川賞の候補になりましたが、一部の選考委員の強い反対により受賞を逃しています。デビュー2作目となる「1973年のピンボール」も候補になりましたが、やはり落選しました。
「1973年のピンボール」は、デビュー作の「風の歌を聴け」と3作目の長編「羊をめぐる冒険」に挟まれてあまり目立っていませんが、なかなか味わい深くいい小説です。
見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった
からはじまる冒頭は春樹ファンの間でも書き出しナンバーワンといわれています。
そんな「1973年のピンボール」には、西宮の今津灯台を思わせるシーンの描写があります。
無人灯台は何度も折れ曲がった 長い突堤の先にポツンと立っていた。高さは3メートルばかり、さして大きなものではない。
灯台の周りの風景はずいぶん変わりましたが、この後に続く、ヨットハーバーや酒造会社の倉庫などの描写からやはり今津灯台が重なります。
実は、今津灯台は現在(2023年8月末)移転のため養生されています。兵庫県によると、11月に移転されるとのことです。移転先は、現在地から新川・今津港をはさんで約170メートル南西側ということです。
引用文 「1973年のピンボール」村上春樹 講談社文庫、1980年
◆大関酒造今津灯台
住所(2023年08月28日現在):〒663-8224 兵庫県西宮市今津真砂町1-13
アクセス:阪神久寿川駅下車、南西へ徒歩約15分
参照サイト:西宮市ホームページ
子供のころから馴染んでいた~西宮神社
エッセイ「辺境・近境」の「神戸まで歩く」の章で、村上春樹は西宮から神戸までのおよそ15キロの区間を歩いています。幼い頃の思い出を辿りながら昔を思い出そうという志向です。1997年5月に歩いているので、村上春樹は48歳のはずです。
ゴム底のウォーキング・シューズをはき、ノートと小さなカメラをショルダー・バッグに入れ、阪神西宮駅で降りて、そこを出発点として西に向かってゆっくりと歩き始める。サングラスが必要なほどの好天気だった。まず南口にある商店街を抜ける。小学生の頃、自転車に乗ってよくここまで買い物に来た。
阪神西宮駅の南側には、現在も飲食店を中心とした商店街があります。ただ1995年の阪神大震災で多くの店が被害を受け、子供の頃の街並みとはずいぶん変わっています。
市立図書館も近くにあって、暇さえあればそこに通い、いろんな種類のジュブナイル(少年向けの本)を読書室で片端から貪るように読んだものだ。
西宮市の中央図書館はもう少し夙川のほうへ行ったところにあり、村上春樹が通った香櫨園小学校の近くなので距離があります。以前は西宮市役所に隣接した、今の市民ホールの場所に市立図書館があったので、村上春樹が通って本を読んでいたのは以前の図書館のほうです。
商店街を抜けて通りを渡ると、そこには西宮の戎神社がある。
七福神のひとり、えびすさまを祀っていることから戎(えびす)神社と呼ばれています。西宮神社の周りは駅が多く、阪神電車の西宮駅、香櫨園駅だけでなく、JRの西宮駅、さくら夙川駅まで徒歩圏内です。
赤門は国の重要文化財で、参道を全力で走るお正月恒例の福男選びで有名です。
子供の頃よく小海老釣りをした古い石橋は・・・
よく釣りをしたという石橋は、本殿の前の太鼓橋のことなのでしょう。しかし石橋は震災で崩れていたはずなので、今ある石橋は新しく作り直したものかもしれません。今は柵があって通れません。
赤門から福男が駆けて行く参道です。1月10日の午前6時、開門神事・福男選びでスタートの門が開くところです。
ここから約300メートル先の本殿に向かって、一番福のために全力で走っています。毎月十日えびすの縁日になるとこのあたりにタコ焼きや陶器や小物などを売る屋台が並びます。
また、2002年の長編「海辺のカフカ」に出てくる「四国の高松の神社」のイメージがこの西宮神社ともいわれています。
村上春樹の思い出旅はここから西へ、夙川方面へと続いていきます。
引用文 「辺境・近境」村上春樹 新潮社、1998年
◆西宮神社
住所:〒662-0974 兵庫県西宮市社家町1-17
電話番号:0798-33-0321
開門時間:5:00~19:00
アクセス:阪神電車・本線「西宮駅」南口より南西へ徒歩5分/JR神戸線「さくら夙川駅」より南東へ徒歩10分
駐車場:あり
公式サイト:http://nishinomiya-ebisu.com/
海岸エリア~夙川オアシスロード・御前浜公園
村上春樹が父親との思い出を語った「猫を棄てる」というエッセイには、幼い頃に父親と自転車に乗って猫を棄てに行く様子が書かれています。
夙川沿いに香櫨園の浜まで行って、猫を入れた箱を防風林に置いて、(中略)当時はまだ海は埋め立てられてはおらず、香櫨園の浜は賑やかな海水浴場になっていた。海はきれいで、夏休みにはほとんど毎日のように、 僕は友だちと一緒にその浜に泳ぎに行った。
夙川沿いの道は、現在は遊歩道として夙川オアシスロードになっています。
夙川にかかるいくつかの橋は、村上春樹が通学路で毎日渡っていたようです。
河口付近は、埋め立てられて御前浜公園として整備されています。
父親と家に戻ってくると、棄てたはずの猫が戻ってきていて、愛嬌たっぷりに「にゃあ」と鳴いたといいます。猫にも帰巣本能があるのか、ホラーのような話ですが、父親は困ったなと言いながらもどこかうれしそうな顔だったとか。
辺境・近境「神戸まで歩く」P.229より
「羊をめぐる冒険」のラストシーンは、芦屋川か夙川の河口のイメージと言われています。
いずれにしても、埋め立てられる前のことで、堤防などの風景も当時とはずいぶん変わっていそうです。
ところでこの小説の冒頭は、「1970年11月25日」という日付からはじまっています。いうまでもなく、三島由紀夫が自決した日付です。小説には三島も自衛隊も戦争も天皇陛下もでてきませんが、村上春樹がこの日付にこだわり、意識的に書き込んでいるのは明らかです。
戦後民主主義に抵抗した三島由紀夫、高度成長期に埋め立てられた故郷の風景、そしてこの小説は主人公の親友が「羊」を道連れに自殺するストーリーであることを考えると、羊が何のメタファーなのか、なんとなくわかってくる気がします。
引用文 「猫を棄てる」村上春樹、文藝春秋、2020年
◆夙川オアシスロード
住所:兵庫県西宮市前浜町14 夙川オアシスロード
参考サイト:西宮市ホームページ
◆御前浜公園
住所:〒662-0933 兵庫県西宮市西波止町
電話番号:0798-353611
営業時間:24時間営業
アクセス:阪神本線香櫨園駅から南へ約700メートル
駐車場:あり(駐車台数:82台/営業時間:8:00~20:00/料金:料金:最初の1時間まで100円、以降30分毎に100円加算 1日の最大利用料金は1,000円)
参考サイト:https://www.nishi.or.jp/smph/access/koen/omaehama-kouen.html
ガールフレンドと・・・三宮ピノッキオ
村上春樹の西宮から神戸まで歩く旅は芦屋を経ていよいよゴールの神戸・三宮へ入ります。
散歩がてら山の手の小さなレストランまで歩く。 ひとりでカウンターに座ってシーフード・ピザを注文し、生ビールを飲む。(中略)運ばれてきたシーフード・ピザには「あなたの召し上がるピザは、当店の958,816枚目のピザです」という小さな紙片がついている。
三宮のイタリアンレストラン、ピノッキオは山の手のNHKの前です。平日は夕方から、週末だけお昼からオープン、店内はバーのような雰囲気です。
注文してから焼くので20分はかかりますが、味はたしかです。
26年経っているので、ピザのカウントは1,442,878枚目になっていました。
そういえば ガールフレンドと何度かこの店に来て、同じように冷たいビールを飲み、番号のついた焼きたてのピザを食べた。僕らは将来についていろんなことを話した。
おそらく1960年代の後半、村上春樹が18歳から19歳のころ(1年浪人しているため)、付き合っていたガールフレンドとよく来たというピザ店です。お店の創業は1962年です。プライベートをほとんど語らない村上春樹にしては珍しい記述です。
◆ピノッキオ (PINOCCHIO)
住所:〒650-0004 兵庫県神戸市中央区中山手通2丁目3-13
電話番号:078-331-3330
営業時間:11:30~23:00(L.O.22:00)
定休日:毎週水曜日
アクセス:JR三ノ宮駅からいくたロードを北へ、中山手通を西へ、徒歩10分
駐車場:なし
参考サイト:http://www.collodi.co.jp/pinocchio_top/index.html
読書の秋は、文学巡りの旅へ
小説に出てくる場所や作家にゆかりの土地を実際に訪れることで、作家や作品の世界観をより深く味わえることがあります。
読書の秋、村上春樹の文庫本を片手に西宮、神戸の街を散策し、聖地めぐりをしてみてはいかがでしょうか。